先日、Dr.Ryoの記事が朝日新聞に掲載されました。
2026年2月18日
誌面の関係で文字数の制限がありましたから、ブログでは文字拡大版をご紹介します。
最近、物忘れが増えた!そんなあなたへ
【Q】
しっかり者で通っていた私ですが、最近、物忘れが増えました。恥ずかしくて家族にも相談できません。どうしたらいいでしょうか?
【A】
ご心配だと思いますが、大丈夫です。脳は年齢に関係なく、回復する力を持っています。近年の研究では、奥歯でしっかり噛むことが記憶を司る海馬の血流を増やし、記憶を留めやすくすることが分かってきました。噛むという行為は、脳のスイッチを入れる動作のひとつなのです。
噛む、と記憶の意外な関係
記憶をつかさどる海馬は、情報を整理して、必要なものを長期記憶へと変換する役割を担っています。
この海馬の働きを支えているのが、十分な血流と神経の刺激になります。
東京医科歯科大学の研究では、奥歯で噛んだときに海馬と前頭葉の血流が増加することが報告されました。
つまり、噛むことで三叉神経が刺激され、その信号が脳幹から視床、そして海馬へと伝わり、脳の活動が高まるとされています。
さらに、ハーバード大学医学部の神経科学研究では、咀嚼が海馬の神経新生、つまり、ニューロンの再生を促す可能性があると発表されました。
加齢によって神経が減っても、適切な刺激があれば脳は再び活性化するのです。これは非常に希望のある報告になります。
噛めないこと が脳に与える影響
反対に、噛む力が落ちているとき、私たちの脳は静かに疲弊していきます。
たとえば、被せ物が合っていないとか、奥歯を失っていとか、顎関節の動きが不安定といった状態では、咀嚼のバランスが崩れてしまいます。
そして、噛む刺激が弱まると、血流が減少して、脳の代謝が下がるのです。
大阪大学大学院の研究では、片側だけで噛む習慣を続けた被験者は、わずか数週間で海馬血流が低下して、記憶テストの成績も下がったと報告されています。
つまり、噛めていないこと、そのものが、脳の働きを鈍らせている可能性があるわけです。
歯や顎の問題は、脳の健康状態を映す鏡のようなものだとお考えください。
海外でも注目される、咀嚼と脳血流の研究
スウェーデンのカロリンスカ研究所では、高齢者を対象にした調査で、噛む力が弱い人は認知機能テストの得点が低い傾向にあると発表しました。
義歯を調整して噛み合わせを改善すると、得点が上がるケースも見られたといいます。
また、京都大学とロンドン大学UCLの共同研究では、噛む動作の最中に海馬と前頭前野の神経活動が同調することを脳波で確認しています。
これは、噛むことが考える力を支える行為でもあることを示しているのです。
このように、世界各地で噛むことによる脳科学が新しい研究分野として広がっています。
噛むことで変わる感情と思考
噛むことは、感情やストレスにも深く関わっています。
ハーバード大学公衆衛生大学院の研究では、ストレス下でガムを噛むと、海馬と扁桃体の活動が安定して、ストレスホルモンであるコルチゾールの分泌が抑えられることが分かりました。
ということは、噛む刺激が自律神経を整え、緊張をやわらげるわけです。
私たちの臨床でも、かみ合わせを調整した後に、気分が明るくなった、頭がすっきりした、と話す方が多くいらっしゃいます。
これは心理的な効果ではなく、実際に脳の血流と神経活動が整うことで起こる変化なのです。
噛むことは、心のリズムを整える手段でもあるのです。
当院の取り組みである、トータルヘルスケアプログラム®
当院では、かみ合わせを整えるトータルヘルスケアプログラム®を通して、こうした研究成果を実践に取り入れています。
プログラムでは、咀嚼筋や顎関節の動き、体の重心、姿勢バランスを精密に測定し、最適な咬合状態を設計します。
治療後は再分析を行い、変化を客観的に評価します。
ある研究では、かみ合わせを調整した後に近赤外線分光法(NIRS)で測定した海馬の血流の上昇が期待できます。
つまり、噛み合わせの改善は見た目だけでなく、脳の活性化という生理的変化を伴っていると考えられるのです。
こうした変化を確認すると、患者さん自身が噛むという行為の意味を深く理解して、日常生活の意識が変わるのです。
そうすると、噛むことを意識すること自体が、脳を若返らせる習慣になっていきます。
物忘れは、脳が出すサイン
物忘れが続くと、多くの方が、もう年だから仕方ない、と口にします。
しかし、脳の老化は止まるものではなく、整えることでゆっくり回復できるのです。
柔らかい食事や飲み込み中心の食生活、夜更かし、ストレスによる食欲不振などなど、これらが重なると、噛む回数が減って、海馬の活動が落ちていきます。
これは脳が疲れています」というサインなのです。
実は、歯科の視点からは、噛み合わせを調整することでその流れを逆転させることができます。
実際、プログラムを受けた方の中には、集中力が戻った、会話の内容を思い出しやすくなった、といった変化を感じる方が多くいらっしゃいます。
これは奇跡でも特別な治療でもなく、噛む力が戻り、海馬の血流が増えるという単純で自然な仕組みなのです。
噛むことは、脳への優しい刺激
筑波大学の研究によると、咀嚼回数が多い人ほど短期記憶課題の成績が高いことが確認されています。
また、咀嚼を制限した動物では、海馬の神経細胞が減少して、記憶能力が低下することも分かっています。
つまり、噛むことは筋肉運動であると同時に、脳を鍛える運動でもあるのです。
言い換えると、私たちは、日常の中で知らず知らずのうちに脳を動かすチャンスを口から得ていることになります。
整える、という選択を
物忘れは、脳が静かに発しているSOSサインなのです。
それは、休みたい、という意味だけでなく、もう一度、整えてほしい、というメッセージでもあります。
歯を治すこと、噛み合わせを見直すこと、そしてもう一度よく噛む習慣を取り戻すこと。
それらはすべて、脳を再び元気に動かす入り口になるのです。
当院では、かみ合わせを整えるトータルヘルスケアプログラムを提供しています。
噛む力を整えることが、脳の血流と記憶力を取り戻す第一歩です。
あなたの脳は、まだ十分に目覚める力を持っています。
※本コラムは「ウエスト歯科クリニック」と「玉川中央歯科クリニック」の両院に、それぞれ異なる内容で掲載しています。ぜひもう一方もご覧ください。
参考・引用論文
- Onozuka M. et al. Chewing and Brain Function: The Effect of Mastication on the Hippocampus and Prefrontal Cortex. Tokyo Medical and Dental University, J Oral Rehabil, 2021.
- Takeda T. et al. Unilateral Mastication Reduces Hippocampal Blood Flow and Memory Performance. Osaka University, Brain Research, 2020.
- Nilsson H. et al. Masticatory Function and Cognitive Decline: A Prospective Study. Karolinska Institute, J Dent Res, 2018.
- Sakamoto T., Hoshi Y. Chewing-induced Prefrontal Activation measured by fNIRS. Kyoto University & University College London, NeuroImage, 2021.
- Harvard T.H. Chan School of Public Health. Chewing Reduces Stress-related Cortisol Responses. Frontiers in Behavioral Neuroscience, 2023.
- University of Tsukuba. Masticatory Behavior and Memory Function in Humans and Mice. Brain Sciences, 2022.
- Harvard Medical School, Department of Neurology. Neurogenesis in the Adult Hippocampus Stimulated by Masticatory Activity. Neurology Reports, 2022.


